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人の為に頑張っていませんか

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「与える」という言葉を「犠牲」ととらえる人がいます。

 

「与える」「犠牲」は違うものです

 

犠牲にしなくても与えることは、どれだけでも可能です

 

例えば楽しく笑顔で仕事をしていたら、いつのまにか、みんなから感謝されていたとかも犠牲でない「与える」ですよね。

 

それは、犠牲どころかプラスばかりです。

 

周りにもプラスにな ります。

 

与えるとはそういうことなのです。

 

与えることを喜び喜んでくれたこと喜び感謝されて喜び、さらに与えたくなる

 

この喜びの循環をつくっていくこと、自分も みんなもハッピーになれる流れをつくることが、正しい「与える」ことだと思います。

 

そこでやっかいなのが、「見返り」です。

 

せっかく与えたんだから何かお返しが欲しい と思うのは、人間の正しい欲求です。

 

ただ、

「見返り」

を意識すると、

「見返り」

見込めない相手には

「与えない」

という結果になってしまいます。

 

そこで、おすすめしたいのが「見返りを求めない方法」です。

 

まず、自分を一つのコップだとします。

 

その中に水が入っています。

 

その水 溢れた分だけで人に与えれば、見返りはいりません。

 

だって溢れている分ですから。

 

逆に 余っているものを受け取ってもらえたら、嬉しいですよね。

 

例えば引っ越しの時にいらな くなった不用品を引き取ってもらえるのと似ています。

 

あげるほうも、もらうほうも嬉しい状態ですね。

 

でも、溢れていない状態の時に与え続けていたら、苦しくなります。

 

一番大切なのは、 自分の水を常に溢れている状態に保つことです。

 

自分という器が大きくなれば、入ってくる量も溢れる量も多くなるので、より大きい貢献ができます。

 

しかも溢れている分だから、いつのまにか気づかないうちに人が喜んでくれています。

 

水が少ない時は、人のことよりまずは自分が流れる状態になるために動きます。

 

水が鎮 れていれば、与えようと考えなくても、「いつのまにか」与えています。

 

人間とはそういう生き物です。

 

人の為と書いて「偽」と書きます。

 

人の為と無理にがんばるより、溢れる状態をどれだけつくり出せるかが大切なのです。